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ご挨拶 

水野泰孝 私はこれまで大学病院やナショナルセンターを基盤に小児科および感染症内科、特に熱帯感染症の臨床と研究、海外渡航者の健康管理など、いわゆる「グローバルヘルス」と呼ばれる領域に長年関わってまいりました。この度、この経験が直接生かされる医療サービスを多くの皆様に提供できるようにしたいと考え、プライマリケアを行う診療所を開設することを決意しました。

 千代田区麹町を選択した理由は、私が7年間顧問医として勤務した国際協力機構(JICA)本部をはじめとして、諸外国大使館や外資系企業が数多く存在し、グローバルな医療を必要とする方々が多く、一方で閑静な住宅街には学校も多く、小さなお子さんから年配の方々までを総括した健康管理を担う、かかりつけ医としての役割も同様に必要であると考えたからです。このような背景から「グローバルヘルスケアクリニック」と命名致しました。また、新しい時代の幕開けとほぼ同時期(令和元年6月3日)に新規開院できたことは、大変光栄に思っております。

診療指針として
  1. Safety (安全な医療)

  2. Speciality (専門性の高い医療)

  3. Satisfy (満足のいく医療)

  4. Smooth & Smart (スムーズでスマートな医療)

の「4つのS」を掲げ、

「Patient first」

の理念に基づいた診療を行ってまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
 
グローバルヘルスケアクリニック院長  水野  泰孝  
Yasutaka Mizuno, MD., PhD.  Global Healthcare Clinic

 

Doctor's Profile

生い立ち

 東京都港区で出生し、府中市で育ちました。父は昭和40年代から自宅に隣接する小児科医院を開業していたことから、幼少期からその仕事ぶりを垣間見ながら毎日を過ごすことによって、何となく将来はこの仕事をするのかなという思いを抱いていたのでしょう。

将来の夢

 中学三年生の時に初めての海外渡航で中国に行く機会をいただき、現地の学校を訪問したことがありました。外交官になりたいという学生さんと、片言の英語でいろいろな話をしたことは、当時の自分にとっては何もかもが新鮮で、この頃から父のようにずっと家にいて仕事をするのではなく、海外で仕事をしたいと思うようになりました。しかしながら周囲の勧めや適性検査などの結果から、結局は医学部に進学することになったのですが、父が医師でなかったら、外交官か、飛行機好きなことからパイロットになりたいと思っていましたし、医学部在学中でさえも真剣に進路変更も考えたくらいです。今でも国内外を問わず飛行機に乗ることは楽しくて仕方がありません。また、高校時代は文化祭実行委員長を務めたことから、イベントを企画、開催して成功に導く充実感を実感したものです。

アルバイトに明け暮れた学生時代 

 大学は現役で進学したものの、志望校ではなかったことからどうしても納得ができず、閉鎖的な医学部の中だけではなく、幅広い分野の友人を作りたいと思い、週末や夏休みにはTDL(現在の東京ディズニーリゾート)でアルバイトに勤しんでいました。このアルバイトで学んだSCSE(Safety, Courtesy, Show, Efficiency)の精神は、医師として仕事をするにあたり現在でも実践していますし、医院経営や職員の接遇ならびに人材教育においても継承していきたいと思っています。その一方で、大学では4年次に医学部学生会長を務めておりました。

研修医生活

 大学卒業後、当時はあまり行われていなかった診療科ローテーションが可能であり、本来の志望校であった東京慈恵会医科大学に入職することができ、付属柏病院で小児科、内科、産婦人科、救急科をローテーションしました。千葉県柏市周辺は大きな病院が少なく、院内の人手も少なかったので、どの診療科でも多くの患者さんを拝見する貴重な機会をいただきました。救急科在籍時は多くの症例を学ぶべく、院内の当直室で生活していたくらいです。

医局に入局し独り立ち

 二年間の研修後は小児科学講座に入局し、引き続き柏病院小児科で一医員としてさらに二年間、多くの子どもたちの病気と向き合ってきました。特に白血病や重症感染症の小児にかかわることが多く、また産科からの依頼で帝王切開に立ち合い、多くの低出生体重児の管理を任され、当直ではない深夜でも病棟から呼ばれることは日常茶飯事でした。一方で亡くなった患者さんも少なくはなく、自分が救ってあげられなかったという無力さを実感したこともありました。この時期にあまりの忙しさに過労で倒れて入院したこともありましたが、患者からの視点で医療現場を垣間見ることができた良い経験だったと思います。

大学院で専門分野の確立

 専門医取得後は大学院に進学し、熱帯医学を専攻しました。付属第三病院での研修医時代に、WHO(世界保健機関)西太平洋事務局から帰って来られたばかりの上司に出会ったことから、海外での感染症の話に大変興味を抱き、自分もWHOで仕事ができるようなキャリアを積みたいと考えたことが研究を始めたきっかけです。熱帯医学講座では当時、日本ではまだ未承認であった多くの熱帯病治療薬の管理責任者であった教授に師事し、「熱帯地域における小児感染症とビタミン欠乏症」について多くの文献を分析し、基礎研究は主に国立国際医療センター(現:国立国際医療研究センター)研究所で、熱帯熱マラリア原虫を用いた実験を行っていました。当時、日本国内でマラリア患者さんの診療ができる医療機関はごくわずかしかなく、その筆頭であったのが慈恵医大でしたので、多くの症例にかかわることができたと思います。また、大学院在学中に熱帯医学の基礎と臨床を学ぶべく、長崎大学熱帯医学研究所やタイ王国マヒドン大学熱帯医学部に留学、バングラデシュ国下痢症疾患研究所で実地研修に参加する機会もいただきました。

方向転換

 学位取得後は一年ほど、大学系列であった横浜市の一般病院でアレルギー指導医のもと、アレルギー患者さんを中心とした小児科臨床を行っていましたが、その後は付属病院感染制御部でHIV感染症を中心とした感染症内科の臨床を行ってきました。この頃から対象となる患者さんの多くは成人になりました。

大いなる飛躍

 2004年に国策として国立国際医療センターにトラベルクリニックが設立されることになり、その立ち上げにかかわるために異動することになりました。当時は海外渡航者に対する医療を専門に行っている施設はきわめて少なく、特にナショナルセンターでその業務を開始したことはとてもインパクトがありました。知名度が上がるにつれて多くの海外渡航者や帰国後の患者さんが受診するようになり、在任中はマラリア、デング熱、腸チフスなど代表的な熱帯感染症だけではなく、これまでの日本では報告されていなかったような輸入感染症の患者さんも含めて100例以上診療する機会を得ることができました。この頃が最もやりがいを感じ、飛躍的な成長ができた時期であると実感しています。この臨床経験、研究実績を大学のトップでさらに推進したいと思い、ひたすら論文を作成していました。

国際舞台へ 

 まだまだ多くの経験を積み上げていこうと思っていた矢先に、外務省との人材交流の話をいただきました。悩んだ末に在ベトナム日本国大使館へ医務官として出向することになりました。これまでタイでの留学経験はありましたが、海外で仕事をするのは初めてです。不安と期待が半々でしたが、高校生の頃に思い描いていた外交官に任期付きながらもなれたことは夢がかなったということでしょうか。大使館での勤務の多くは事務仕事で、特に赴任当時はベトナムにおける鳥インフルエンザ発生が懸念されており、連日外務省本省へ向けた情報収集に当たっていたように記憶しています。その一方で多くの要人の訪越に同行する機会もあり、特に2008年、当時の皇太子殿下(現在の天皇陛下)の公式訪問に同行させていただいたことは大変貴重な経験です。渡航医学を専門としている観点からも、ちょうど長男が誕生したのが在任中でしたので、妊婦さんやお子さんを帯同して開発途上国に赴任するご家族のご心中は身をもって経験しており、実体験に基づいた説得力のあるアドバイスをご提供できると思います。

大学管理職へ

 帰朝後は引き続き国立国際医療センターで海外渡航者の診療を行っていましたが、2010年に東京医科大学でもトラベルクリニックが設立されることになり、その立ち上げを支援するために異動することになりました。所属は感染制御部でしたが、兼任として渡航者医療センターでの業務を行いました。自分では海外渡航者の診療を中心に大学病院の使命である研究、教育、診療を推進するつもりでしたが、医療安全の要でもある感染管理は予期されない業務も多く、なかなか思うようにはいきませんでした。多忙な毎日を送っているなかで、2013年に感染制御部の部長ならびに同年新設された感染症科の診療科長を拝命しました。目標であった大学医局のトップとなり、2014年にはデング熱の国内発生、エボラウイルス病の先進国への波及、韓国での中東呼吸器症候群(MERS)の流行などにより、専門家としてマスメディアへの出演や新聞・雑誌の取材機会を数多くいただき、自分が積み上げてきたキャリアが評価されたことを大変光栄に思いました。しかし、あまりの管理業務の多さや職場における立場から、自分が思い描いてきた専門領域の研究、教育、診療を思う存分実践することはできなかったように思います。

新たな可能性へ向けて再出発 

 病院管理業務中心の生活では現場で診療をする機会がほとんどなくなり、臨床医としてのやりがいを求める日々が続きました。そのような状況の中で再びモチベーションをあげることができたのは、当時の職場ではなかなか行うことができなかった外勤先での外来診療で、患者さんと直接向き合い対話をすることでした。これまで自分が持ち続けてきた目標を取り下げるまでの過程には大変な労力が必要でしたが、自分が本当にやりたいこと、求めてきたものは今の立場では実践できないと判断し、意を決して2018年8月に大学を退職しました。その後はフリーランス医師として、一般病院や診療所での非常勤業務を徐々に増やしていき、日本全国に拡げていきました。医療事情は地域によって大きな格差や相違があることを実感しましたが、どの地域であっても、多くの患者さんや医療スタッフからの言葉に支えられ、やりがいを感じました。患者さんのことを思い説明した内容がうまく伝わらずに、逆に叱責されることもありましたが、患者さんに最も近いところで向き合い、対話をすることが私には最も合っていると、医師になって25年目にして再認識しました。「グローバルヘルス」は私がこれまで積み上げてきたキャリアの総括と考えています。あまりにも大きな分野なので官庁や大学などが関わるものであるというイメージがありますが、「ケア」の部分は一個人の臨床医であっても存分に関わることができると考えています。これが「グローバルヘルスケアクリニック」と命名した理由です。

これからの夢

 「Travel Medicine」という医学分野は、旅行好きな人間にはとても興味深い領域です。私は医師の立場からですが、旅行業界の方々も積極的に関わっておられます。そのような状況から私も同じ目線で協力したいと考え、国家資格である旅行業務取扱管理者の資格を取得しました。また「Travel Medicine」の中には、主にスクーバダイビングをされる方の健康被害である潜水障害・減圧症も含まれます。これに関してもプロとしてご活躍されている方々と同じ目線で関われるようにしたいと、インストラクターの資格を取得しました。いつかは「Travel Medicine」の専門医がプロデュースする海外旅行、ダイビングツアーなどを実現させたいという夢をもっております。

 長文を最後までお読みいただきありがとうございます。これまでにいただいた多くの人々からのご支援ならびに多くの貴重な経験をもとに、これからの新しい時代にふさわしく、多くの人々に愛される施設を作り上げていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

学歴 

  • 私立駒場東邦中・高等学校(1982-1988)
  • 昭和大学医学部医学科(1988-1994)
  • 東京慈恵会医科大学大学院医学研究科(熱帯医学専攻)(1998-2001)
  • 長崎大学熱帯医学研究所(1999)
    (Diploma in Tropical Medicine)
  • タイ王国マヒドン大学熱帯医学部(2001)
    (Diploma in Tropical Medicine & Hygiene; DTM&H)
  • バングラデシュ国下痢症疾患研究所(2002)
    (Workshop on Emerging and Re-emerging pathogens)
  • 連合王国ロンドン大学公衆衛生・熱帯医学部(2005)
    (Travel Medicine Short Course)

職歴

  • 東京慈恵会医科大学付属病院 臨床研修医(1994-1996)
  • 東京慈恵会医科大学付属柏病院・第三病院 小児科助教(1996-1998)
  • 東京慈恵会医科大学付属病院 感染制御部 診療医員(2003-2004)
  • 国立国際医療センター(現:国際医療研究センター)国際医療協力局 厚生労働技官(2004-2005)
  • 国立国際医療センター病院 国際疾病センター(現:国際感染症センター)厚生労働技官(2005-2010)
  • 外務省 在ベトナム日本国大使館 一等書記官兼医務官(厚生労働省より出向)(2007-2009)
  • 国際協力機構(JICA)感染症顧問医(2009-2017)
  • 厚生労働省羽田空港検疫所 非常勤医師(2011-2019)
  • 東京医科大学病院 感染制御部・渡航者医療センター 准教授(2010-2018)
  • 東京医科大学病院 感染制御部 部長(2013-2015)
  • 東京医科大学病院 感染症科 診療科長(2013-2015)
  • 東京医科大学病院 国際診療部 部長(2016-2018)
  • 一般病院・診療所 非常勤医師(2017-2019) 東京都(杉並区、新宿区、葛飾区、世田谷区、千代田区、調布市)、神奈川県(横浜市、川崎市)、千葉県(松戸市、流山市)、埼玉県(所沢市、三郷市、蕨市、羽生市、吉川市、上尾市)、栃木県(真岡市)、群馬県(渋川市)、茨城県(古河市)、山形県(庄内町)、岩手県(奥州市)、北海道(旭川市、釧路市、月形町)、熊本県(天草市)

役職

  • 日本感染症学会評議員
  • 日本熱帯医学会評議員
  • 日本化学療法学会評議員
  • 日本渡航医学会評議員
  • 日本臨床寄生虫学会評議員
  • 日本小児科医会国際委員長
  • 国際協力機構海外協力隊派遣前訓練 感染症講師
  • わらべや日洋ホールディングス(株)釧路工場嘱託産業医

認定資格

  • 日本感染症学会指導医・専門医
  • 日本小児科学会指導医・専門医
  • 日本アレルギー学会専門医
  • 日本医師会認定産業医
  • 日本感染症学会推薦インフェクションコントロールドクター(ICD)
  • 身体障害者福祉法指定医(免疫機能障害)
  • 国際渡航医学会認定医(CTH®
  • 米国熱帯医学会認定医(CTropMed®
  • 一般旅行業務取扱管理者
  • PADIスクーバダイビングインストラクター(OWSI)
  • 日本臨床内科医会認定医(~2013)日本人間ドック学会認定医(~2014)日本温泉気候物理医学会温泉療法医(~2015)日本化学療法学会抗菌化学療法指導医(~2017)

 

 

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